新車から漂う“あのニオイ”をなくすために──強制化された中国のVOC規制と業界の大改革
新車に乗ったときに感じる独特のニオイ。実はこの“新車臭”、人体に有害な化学物質が原因であることが知られています。こうした問題にいち早く本格的に取り組んできたのが中国です。中国政府は2011年に「乗用車車内空気質評価ガイドライン(GB/T 27630-2011)」を制定し、翌2012年から新車への適用をスタート。その後も段階的に厳しく改訂され、2020年には事実上の強制規制へと移行しました。
この基準では、車内に存在する8種類の有害物質(ホルムアルデヒドやベンゼンなど)について、明確な濃度の上限値が設けられています。例えば、発がん性があるベンゼンの許容値は0.05mg/m³と、世界的に見ても非常に厳格です。これらは、プラスチック部品や接着剤、塗料などの内装素材から揮発する物質で、「シックハウス症候群」の原因ともなり得ます。
当初は推奨レベルに留まっていたこのガイドラインですが、消費者からの強い要望と健康被害への懸念を背景に、国を挙げての取り組みへと発展しました。特に中国では「車の中に乗ったら気分が悪くなる」という苦情が多く、自動車品質問題で最も多い指摘のひとつでした。
2020年以降は、新車型式認証の取得にもこの空気質試験が組み込まれ、販売前に認証機関でのVOC測定が義務化されました。測定は車を密閉し一定時間後にサンプル採取するという厳密な方法で行われ、基準に適合しないとその車は販売できません。
この厳格な規制に対応するため、部品メーカーから自動車メーカーまで、素材や生産工程の見直しが広く進められています。たとえば、低VOCなプラスチックや接着剤の使用、塗料の溶剤削減などが行われ、製造後に車を加熱・換気して揮発物質を飛ばす「ベイクアウト」という工程まで導入されています。また、外気のPM2.5問題への対応として、高性能なエアコンフィルターや空気質センサーの搭載も標準化されてきました。
他国と異なり、中国では政府主導で規制が進められている点が特徴です。多くの国では業界による自主基準にとどまる中、中国では法的拘束力をもつ強制基準が課され、輸入車に対しても同様の適合が求められます。これにより、海外メーカーも中国市場向けに製品や素材の大幅な見直しを迫られるケースが増えています。
今後の展開とインパクトの可能性:
中国の厳しい基準に対応した経験や技術は、今後グローバル市場でも大きな武器になるでしょう。すでに一部のメーカーでは、このノウハウを欧州や日本市場の製品開発に応用する動きが見られています。加えて、世界的に健康・環境意識が高まる中、「車内の空気」への関心も急上昇しており、各国でも中国に倣った規制導入が検討される可能性があります。
中国の車内空気質規制は、単なる品質管理の一環ではなく、「見えない健康リスク」への対策として自動車産業全体に大きな影響を与えています。今後も、健康と環境を守るための技術革新が加速するでしょう。
重要キーワードの解説:
- VOC(揮発性有機化合物)
空気中に蒸発しやすい有機化学物質。塗料や接着剤などに含まれ、室内空気の汚染源となる。人にとっては頭痛、めまい、アレルギーなどの原因になることも。 - ホルムアルデヒド
最も有名な有害物質のひとつで、防腐剤や接着剤に使われる。わずかな量でも刺激臭があり、長期的には発がん性もあるとされている。 - 新車型式認証
新しく開発された車を市場で販売するために必要な国家の認可プロセス。中国ではVOC試験がこの認証の一環となり、合格しないと販売できない。